2012年 05月 22日
あのドキドキ |
楽しみでドキドキする感じ、
夜遅くても起きていていい、あの特別な感じ。
大好き。
明日遠足や旅行で眠れないというのとはまた違う。
「早く寝なさい」
と言われない夜。
何があるというわけではないけど、子供の頃は少しでも長く起きていたくて、
両親がうとうとしてると、"しめた!"って小さい音でそーっとテレビのチャンネル変えたり、寝るふりをして遅くまで漫画を読んだり、そんなのがすごくドキドキして楽しかった。
大きくなるにつれて、だんだん親はあまり何も言わなくなり、大学で上京して一人暮らしを始めると、ご飯の時間や寝る時間など、そうしたことが全て自由になった。
飲みに行くのも、泊まりにいくのも自由で、学校帰りにバイトに六本木まで通って深夜を回って友達と新宿で待ち合わせてカラオケに行ったり、飲みに行ったりして朝まで過ごしたこともしょっちゅうだった。同じように夜遅くまで飲食店で働いてた近所の一人暮らしの友達とファミレスで待ち合わせてうだうだ過ごしたりもした。
そして、社会人になると朝が極端に早くなった。5時台に起きるなんて当たり前。しかも夜は心身くたくたに疲れて自分の時間、とゆっくりする間もなくとにかく睡眠第一の生活になった。
日曜日は疲れて一週間の疲れをとるだけで精一杯で家に引きこもりということも少なくなかった。
でも、そんなのダメだと思って、無理矢理友達と予定を入れたり公園に散歩に行ったりした。
そんな社会人になって、休日前の夜は楽しみだった。
「花金」というのが、ドラマの言葉ではなくて、うまく現実を捉えた、"よくできた言葉"だなあと強く実感した。お酒を飲んで、飲んで、「もう一軒行こうよー」が楽しくて仕方なかった。というか、それがなきゃやってらんない、みたいな気持ちがあったんだよね。
一人で家で時間をかけて料理をつくって、ワインを空けてゆっくり食事とお酒を楽しんで、海外ドラマみたりするのも楽しかった。次の日に何をしないといけないといった追われる感がないのは、それだけで解放された気分になって、すごく嬉しかった。
でも、仕事が憎かったかと言うとそういうわけでもなく、やりがいを感じたこともあった。
そして現在、
別に朝早く起きなくても誰にも怒られないし、夜遅く寝る必要もない。
時間に完全に自由。あんなに好きだったお酒も、酔うまで飲むということはなくなった。
人間はないものをねだると言うけれど、実際に自由になって何をしてもいいとなると、正直どうしようかと思ったのも事実。
嬉しいんだよ、贅沢なんだよ、でもね、いつも勉強や学校やバイトや仕事、いろんな物が周りにあった環境から急にこんなになったら、ちょっと戸惑っちゃったというのが正直なところ。
"バカンスと生活するのは違う"
人によってこの言葉の意味や捉え方は異なるんだろうけど、私にとっては時間の間隔で戸惑いと焦りを感じた。
何だろう、調理の方法を知らないのに、高級食材を両手に握らされた感じ。
でも。。。ここ最近、あのドキドキする感覚をとても実感するんだ。そのドキドキは、特別に夜更かしができるからでも、明日は仕事がないという理由からくるものでもない。
そうしたことが特別でなくなっている今の私の生活のなかで、そんなにドキドキさせる理由は、早くあれしたい!っていう気持ちからくるんだ。
仕事やらやること終わらせて、早く好きな事したいっていう強い気持ちが、ドキドキとパワーを持ってくる。
今、その「あれやりたい」は、お裁縫が占める割合が大きいけどその他にも色々あって、こうしたことがイタリア語の勉強にもカツを入れてくれ、朝の始まりはジョギングという生活スタイルを定着してくれているような気がする。
ここ数日は長ーいことパソコンとにらめっこ。その理由はお義母さんの作品のwebショップを立ち上げるから。これはちょっといろいろ書きたいのでまたにします。
今の私の仕事は日本からの仕事を在宅でするというもの。在宅というのは自由であると同時に、自分で仕切らなきゃいけない。
だらだらやっても、早く終わらせても、集中できてもできなくても、結果が全て。与えられた仕事を与えられた期限内にする。頑張った、頑張ってないはあまり評価されない。結果がどうかが大切。
仕事にしてもどれがいいかなんて分からないし、昔から今までを振り返ってどの時期が良くてどの時期は間違ってたとか、そんなの分かんない。
「あのときああしてたら」っていうのは言いたくない。後悔しないために頑張ればいいってよく言われるけど、そんなの百も承知でも頑張れないときだって、頑張る気力が出ない時だってある。理不尽にいらついたり、思ってもない逆のことを言ったりやったりすることだってある。
だから、頑張ってなくても「ああしてたら」とは思わない。というか思わないようにしようと思う。
そして、「私は私だから」というのも言いたくない。私はもちろん私なんだけど(笑)、成長していくし、変わっていくものだから。だから、「私はこんな人間」とか、そんなことにはあまり縛られないで良いと思ったことをやってみよう。
なんか長ーい!最近。だらだら書き過ぎ。笑
ここまで読んでくれてありがとうございます。
文字ばっかで味気ないから、今日作った彼のタバコケースを^^
いきなりタバコを止めるのは無理みたいだから、だんだんと減らしていってるよ。
これは6本しか入りません!!というか入れさせません!笑
インディアン風に、ってリクエストで作りながらデザインや形を考えていったという気の向くままにできた一品です^^;;
夜遅くても起きていていい、あの特別な感じ。
大好き。
明日遠足や旅行で眠れないというのとはまた違う。
「早く寝なさい」
と言われない夜。
何があるというわけではないけど、子供の頃は少しでも長く起きていたくて、
両親がうとうとしてると、"しめた!"って小さい音でそーっとテレビのチャンネル変えたり、寝るふりをして遅くまで漫画を読んだり、そんなのがすごくドキドキして楽しかった。
大きくなるにつれて、だんだん親はあまり何も言わなくなり、大学で上京して一人暮らしを始めると、ご飯の時間や寝る時間など、そうしたことが全て自由になった。
飲みに行くのも、泊まりにいくのも自由で、学校帰りにバイトに六本木まで通って深夜を回って友達と新宿で待ち合わせてカラオケに行ったり、飲みに行ったりして朝まで過ごしたこともしょっちゅうだった。同じように夜遅くまで飲食店で働いてた近所の一人暮らしの友達とファミレスで待ち合わせてうだうだ過ごしたりもした。
そして、社会人になると朝が極端に早くなった。5時台に起きるなんて当たり前。しかも夜は心身くたくたに疲れて自分の時間、とゆっくりする間もなくとにかく睡眠第一の生活になった。
日曜日は疲れて一週間の疲れをとるだけで精一杯で家に引きこもりということも少なくなかった。
でも、そんなのダメだと思って、無理矢理友達と予定を入れたり公園に散歩に行ったりした。
そんな社会人になって、休日前の夜は楽しみだった。
「花金」というのが、ドラマの言葉ではなくて、うまく現実を捉えた、"よくできた言葉"だなあと強く実感した。お酒を飲んで、飲んで、「もう一軒行こうよー」が楽しくて仕方なかった。というか、それがなきゃやってらんない、みたいな気持ちがあったんだよね。
一人で家で時間をかけて料理をつくって、ワインを空けてゆっくり食事とお酒を楽しんで、海外ドラマみたりするのも楽しかった。次の日に何をしないといけないといった追われる感がないのは、それだけで解放された気分になって、すごく嬉しかった。
でも、仕事が憎かったかと言うとそういうわけでもなく、やりがいを感じたこともあった。
そして現在、
別に朝早く起きなくても誰にも怒られないし、夜遅く寝る必要もない。
時間に完全に自由。あんなに好きだったお酒も、酔うまで飲むということはなくなった。
人間はないものをねだると言うけれど、実際に自由になって何をしてもいいとなると、正直どうしようかと思ったのも事実。
嬉しいんだよ、贅沢なんだよ、でもね、いつも勉強や学校やバイトや仕事、いろんな物が周りにあった環境から急にこんなになったら、ちょっと戸惑っちゃったというのが正直なところ。
"バカンスと生活するのは違う"
人によってこの言葉の意味や捉え方は異なるんだろうけど、私にとっては時間の間隔で戸惑いと焦りを感じた。
何だろう、調理の方法を知らないのに、高級食材を両手に握らされた感じ。
でも。。。ここ最近、あのドキドキする感覚をとても実感するんだ。そのドキドキは、特別に夜更かしができるからでも、明日は仕事がないという理由からくるものでもない。
そうしたことが特別でなくなっている今の私の生活のなかで、そんなにドキドキさせる理由は、早くあれしたい!っていう気持ちからくるんだ。
仕事やらやること終わらせて、早く好きな事したいっていう強い気持ちが、ドキドキとパワーを持ってくる。
今、その「あれやりたい」は、お裁縫が占める割合が大きいけどその他にも色々あって、こうしたことがイタリア語の勉強にもカツを入れてくれ、朝の始まりはジョギングという生活スタイルを定着してくれているような気がする。
ここ数日は長ーいことパソコンとにらめっこ。その理由はお義母さんの作品のwebショップを立ち上げるから。これはちょっといろいろ書きたいのでまたにします。
今の私の仕事は日本からの仕事を在宅でするというもの。在宅というのは自由であると同時に、自分で仕切らなきゃいけない。
だらだらやっても、早く終わらせても、集中できてもできなくても、結果が全て。与えられた仕事を与えられた期限内にする。頑張った、頑張ってないはあまり評価されない。結果がどうかが大切。
仕事にしてもどれがいいかなんて分からないし、昔から今までを振り返ってどの時期が良くてどの時期は間違ってたとか、そんなの分かんない。
「あのときああしてたら」っていうのは言いたくない。後悔しないために頑張ればいいってよく言われるけど、そんなの百も承知でも頑張れないときだって、頑張る気力が出ない時だってある。理不尽にいらついたり、思ってもない逆のことを言ったりやったりすることだってある。
だから、頑張ってなくても「ああしてたら」とは思わない。というか思わないようにしようと思う。
そして、「私は私だから」というのも言いたくない。私はもちろん私なんだけど(笑)、成長していくし、変わっていくものだから。だから、「私はこんな人間」とか、そんなことにはあまり縛られないで良いと思ったことをやってみよう。
なんか長ーい!最近。だらだら書き過ぎ。笑
ここまで読んでくれてありがとうございます。
文字ばっかで味気ないから、今日作った彼のタバコケースを^^
いきなりタバコを止めるのは無理みたいだから、だんだんと減らしていってるよ。
これは6本しか入りません!!というか入れさせません!笑
インディアン風に、ってリクエストで作りながらデザインや形を考えていったという気の向くままにできた一品です^^;;
by cipolline
| 2012-05-22 07:24
| 日々のことーイタリア
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